高名だが年配の科学者が可能であると言った場合、その主張はほぼ間違いない。また不可能であると言った場合には、その主張はまず間違っている。
鳥のように空を飛ぶ機械といえば、イカルスの神話以前より19世紀末にいたるまでほとんどは、羽ばたき機(オーニソプター)のことでした。
天才レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)も1485年頃に人力オーニソプターのスケッチを描いています。実際につくられることも飛ぶこともありませんでしたが、彼の無数の鳥のスケッチからは、神の創造物である自然をつぶさに観察して飛翔のメカニズムを理解しようとしていたこと、そして特に鳥の飛行方法に大きな可能性を見出していただろうことがうかがえます。
その後もオーニソプターへのチャレンジは続けられます。しかし19世紀後半に飛行船が初飛行に成功したあとでも、翼による飛行はまだまだ“科学的に不可能”なのが常識でした。当時の最先端の頭脳が可能性を否定していたのです。
皮肉なことに、飛行機は“羽ばたく”ことを諦めたことによって、見事に飛行に成功します。そして100年という大変短い間に大きな進化と遂げることになりました。
一方、オーニソプターは失敗例として、時に嘲りの対象にすらなるようになりました。あんなものが人を載せて飛べるわけがないと、だれもが当たり前のようにそう思うようになったのです。しかし…
トロント大学航空宇宙研究所(University of Toronto, Institute for Aerospace Studies)の学生達は違った考えを持っていたようです。― 現在の素材と技術を使えばダ・ヴィンチの夢はかなえられるんじゃないだろうか ― と。
HUMAN-POWERED ORNITHOPTER PROJECT
Snowbird(スノーバード - ユキホオジロ、またはコカイン・ジャンキーのこと)と名付けられた重量わずか42.6kgの人力オーニソプターは、2010年8月2日、幅32mに達する巨大な翼をうねらせるように羽ばたかせながら、世界で初めての継続飛行に成功しました。145mを飛行するのに要した時間は19.3秒。ダ・ヴィンチのスケッチから約525年に及ぶ月日の流れた早朝のことでした。
翼幅32mというのは、ボーイング737に匹敵しますが、Snowbirdの重量は、737一機分の旅客用枕より軽いのだそうです。
クラークの法則は、おそらく関係者の勘違いが元で大げさに“法則”などと呼ばれてるのだと思います。むしろ不可能にチャレンジし続ける科学者たちへのエールなのでしょう。エスタブリッシュメントに対する皮肉も多分に含んでいるはずです。
「Impossible is nothing. 不可能がなんだ、ただの可能性じゃないか。失敗と蔑まれようと、馬鹿とののしられようと、無駄と疎まれようと、誰かが挑戦してこなかったら、俺たちまだ石斧使ってるぜ」
決してすぐに誰かの役に立つわけではない成功かもしれません。でも切り開いた可能性ははかりしれません。