自分ひとりではトースターひとつ組み立てられない。サンドイッチなら作れるが、それだけだ。
「ほとんど無害 (河出文庫)」ダグラス・アダムス 1992年(安原和見=訳)
有名な「銀河ヒッチハイク・ガイド」シリーズからの引用です。主人公のアーサー・デントは、ピントルトン・アルファ星の再定住支援センターで、“ろくなものを提供してくれそうもない”移住候補の惑星のファイルを眺めながら途方にくていました(お役所というのは、銀河広しといえども、どこも似たようなもののようです)。
彼の生まれた惑星には車もコンピューターもバレエもアルマニャックもあったけれども、そのどれひとつ原理の分かるものがない。つくることができない。
無力さに、彼の気分はこれ以上はないほど沈んでしまいました。
数々の複雑な機械をあやつる現代人は、ともすると自分も進んだ存在のように捉えがちですが、自身をとりまく文明がそこまで発達していなかったとしたら、例えば、
トースターのような比較的簡単な機械でも、自分ひとりで作ることはできないんじゃないか?
デザイナーのトーマス・トウェイツ氏のそんな素朴な疑問からトースタープロジェクトは始まりました。
はたして彼はいっさい文明に頼らずに、無事トースターを作りあげることができるのでしょうか?
トーマス・トウェイツ:トースターを1から作る方法
実際には市販のトースターを購入して分解したり、エキスパートに話を聞いたり、電気は自分でつくってなかったりと、完全に「文明に頼らない」わけにはいかなかったようですが、ユーモラスで愚かしくすら見えるチャレンジを通し、対比として、現代文明のとてつもない複雑さと人間個人の能力の凡庸さが浮き上がってきます。
もし知識の蓄積とリファレンスがなかったとしたら、素の人間とカラスの知性の差はどの程度なのでしょう。