お金。
生活を支えるために必要不可欠なものです。
でも“お金”とはいったいなんなのでしょうか?
交換価値でありながら、変動する単位自体が取引対象であり、価値の保存だけではなく、投資すれば利子を産みだす ―
どうやら、お金の定義と実態は、大きくくい違っているようなのです。
『ロビンソンとフライデー』の挿絵。
Photo: ScienceDaily
Photo: ScienceDaily
シルビオ・ゲゼルという経済学者が、資本と金利の矛盾についてわかりやすく説明したロビンソン・クルーソーの話があります。
これを読むと、お金についての考え方が少しだけ変わるかもしれません。
自然的経済秩序
5-1 ロビンソン・クルーソー物語シルビオ・ゲゼル
さて、この金利理論を詳説する前に、そして金利についてのはなはだしい偏見を解きやすくするためにも、まずはロビンソン・クルーソーの物語から始めることとしよう。
***
かの有名なロビンソン・クルーソーは、湿って肥沃な北側の傾斜地を開墾したのだが、衛生面への懸念から、住居を山の南側に建てていた。そのため、いつも山を超えて収穫物を運ばなければならなかった。
そこでロビンソンは、この労役から解放されるため、山の裾野に沿って運河を建設することを決めた。見積もってみると、土砂の滞積を避けるために中断することなく、継続的に3年の工期が必要だった。
つまりそれは、着工前に3年分の物資を確保しなければならないということになる。
ロビンソンは、豚を屠(はふ)って塩漬けにし、深い壕を掘って中に小麦を納め、慎重に土でおおった。
12枚の鹿皮をなめして服をつくり、虫よけのスカンクの臭腺といっしょに衣装櫃にしまい込むと、蓋を釘でさし固めた。
このように、来る3年間に備え、思慮深く、十分な蓄えを用意したのである。
ロビンソンが腰をおろして、自分の“資本”が事業計画に十分かどうか、入念に最後の計算をしていたとき、驚いたことに、風変わりな男が近づいてきた。
「こんにちは、クルーソーさん」
大きな声で挨拶をしながら近づいてきた男はこう言った。
「船が沈没したのですが、この島が気に入ったので、しばらく住むつもりです。そこでお願いなのですが、開墾して最初の収穫までの間、すこしばかりあなたの蓄えを貸していただけないでしょうか?」
この言葉にロビンソンは、蓄えから上がる利息で悠々自適に暮らす自分の姿に思いを巡らせた。そして急いで返事をした。
「もちろんだとも」
しかし男は妙なことを言い出した。
「ただひとつおことわりしておかなければなりません。私は利息をお支払いするつもりはありません。そんなことをするくらいなら、狩りや漁をして暮らします。私の宗教は、利息の支払いも受取りも禁じているのです」
ロビンソン:それはまた立派な宗教で結構なことです。しかしいったいどういった理由(わけ)で、私が利息もなしに自分の蓄えをあなたに貸すとお考えかな?
男:それはあなた、純粋に利己心からですよ。利益を考えたら当然です。あなたはかなり得することになるのです。
ロビンソン:客人よ、そこを説明してもらえないだろうか。正直に言って、利息もなしにあなたに蓄えを貸して、私にいったいなんの得があるというのかね?
男:では白黒はっきり証明してご覧にいれましょう。もし納得していただければ、無利子の融資に合意いただけるばかりか、有利な条件を提示した私に感謝するはずです。
そうですね、まず必要なのは洋服です。ご覧のとおり裸ですので。私に貸していただける服はありますか?
ロビンソン:鹿皮の服なら、その衣装櫃につめ込んであるが…
男:なんということだクルーソーさん! あなたほどの知恵をお持ちの方が、いったいどうしたというんです。釘で封じた衣装櫃に3年も服をしまい込んでおこうだなんて ― 虫に食い荒らされるに違いありません! それに鹿皮は、風通しの良いところに保管してときどき油を塗らないと、固くなって使い物にならなくなってしまいますよ。
ロビンソン:確かにそうだが、他にどうすればいいというのだ。棚に吊っておくよりはましだろう。そんなことをすれば虫どころか、鼠にも齧られてしまう。
男:鼠はどこにだって入り込みます。ご覧なさい、もうここを齧り開けようとしていますよ!
ロビンソン:いまいましいけだものめ! 奴らにはまったくお手上げなんだ。
男:なんと、人間が鼠ごときにお手上げとは! では害虫獣や泥棒、劣化や黴からこれらを守る方法をお教えしましょう。
1、2年、3年でもかまいません、任意の期間、しまい込む代わりに私に服を貸してください。そのかわり、あなたの必要なとき、貸していただいた数だけ、新しい服を作って差し上げましょう。
新しい服は、その衣装櫃から引っ張り出してきた服よりも、ずっと着心地がいいはずです。もっともスカンクの臭いが恋しいというのなら話は別ですが。
いかがですか?
ロビンソン:いいだろう。なるほど、そういうことなら、利息なしに衣装櫃の服を貸しても、私の得になる。
男:今度は小麦を見せていただけませんか? パンや籾種に必要なので。
ロビンソン:小麦ならそこに埋めてある。
男:小麦を3年も埋めておこうだなんて! 黴や穀象虫はどうすんです?
ロビンソン:それも考えたし、他の可能性も考慮したが、これが私にでき得る最善の方法なのだ。
男:顔を近づけてよく見てごらんなさい。埋めた上を穀象虫が這っているのが見えるでしょう。ほら、この生ごみから、黴が斑に広がっています。すぐ掘り出して風に当てないと、手遅れになりますよ。
ロビンソン:このままでは破産してしまう! なんとしても数多の自然の脅威から守る方法を見つけねば!
男:私の故郷では、クルーソーさん、こんな方法をとっていました。
まず、風通しが良く乾燥した小屋を建てて、小麦を板張りの床に広げます。そして3週間おきに、木のシャベルで小麦を全部上下に攪拌するんです。
それに、猫を何匹か飼って、鼠用の罠も仕掛け、火災保険にも入ります。
これだけすれば、年間の減価償却を10%に抑えておくことができます。
ロビンソン:しかし労働と費用が!
男:労働や費用を考えれば躊躇されて当然です。それなら別の方法はいかがでしょう。
私に小麦を貸してください。ポンド毎、袋毎に同量の、収穫したばかりの新鮮な小麦で返済いたしましょう。
そうすれば、小屋を建てたり小麦を攪拌する手間も省けますし、猫を飼う必要もありません。
そのうえ減却の心配をすることもなく、黴くさい古い麦の代わりに、新鮮で栄養価の高い小麦を食べることができますよ。
ロビンソン:素晴らしい。その提案に全面的に合意しよう。
男:つまり無利子で小麦を貸していただけると?
ロビンソン:無論だ。利息などとるものか。むしろこちらからお願いしたいくらいだ。
男:しかし私が使うのは少しだけです。全部は必要ありません。
ロビンソン:もし小麦を全部借りてくれたら、10袋ごとに9袋返すだけでいいぞ。これならどうだ?
男:せっかくですが、そのお申し出は受けられません。それは利息、プラスのではなく、マイナスの利息にあたります。つまり貸す側ではなく、借りた側が資本家になってしまうことになります。私の宗教は、利貸業を認めていません。たとえマイナスであっても利息は禁じられているのです。
そこで提案ですが、小麦の保守管理や倉庫の建設、他にも必要なことがあれば、私に任せてください。その見返りに、小麦10袋あたり2袋を賃金として、年に1度支払ってくれませんか。
ロビンソン:私にしてみれば、名目が利息だろうが労働だろうが、サービスを受けられればかまわん。つまり合意内容は、10袋貸して、8袋返してもらうということでよいのだな。
男:その他にも必要な品があります。鋤や荷車などの道具です。それらも無利子で貸していただけまますか?
全て完全に同じ状態で、新しい鋤なら、新しい鋤で、新しい錆の無い鎖なら、新しい鎖で、その他の品も同様にお返ししますので。
ロビンソン:もちろん貸すとも。
今や私の貯蔵物は面倒をもたらすだけだ。最近、川の氾濫で倉庫が浸水し泥だらけになった。そこに嵐が来て屋根を吹き飛ばし、雨で全て痛んでしまった。その上今は、干魃で砂埃が吹きこんでいる状態だ。錆、腐食、破損、干害、日射、暗黒、乾腐、それに絶え間ない蟻の襲来。泥棒や放火魔がいないだけましだがな。
こうして貸し付けることで、費用も苦労も遺失もなく、煩わしい思いもせずに、必要なときまで財産を備蓄できることになるのだから、大いに喜ばしい限りだ。
男:つまり、無利子で蓄えを貸すことの利点を理解していただけたのですね?
ロビンソン:もちろんそうだ。しかし今となっては疑問だが、なぜ私の故国では蓄えを貯蔵するだけで所有者に利息が支払われるのだろうか?
男:その答えは、あちらでこのような取引を媒介する“お金”にあります。
ロビンソン:なんだと? 金利の原因がお金にあるというのか? そんなはずはない。お金や金利について、マルクスだってこう言っているではないか。
“労働力は金利の源泉である。資本に転じるお金の金利はお金に由来するものではない。お金が交換手段だというのが正しいのであれば、お金は購入する商品の価格を支払うためのものに過ぎない。そのままにしておいても、お金の価値は増えはしない。そのため、購入された商品に由来する剰余価値(金利)はより高く売られなければならない。この変化は売買時には起こらない。取引の際は等価物が交換されるためだ。そのため、仕入れと小売の間に、商品の使用価値が変わってくるという結論に達せざるを得ない。(『資本論第1巻6章』)”
男:この島に住んでどのくらいですか?
ロビンソン:30年になる。
男:そうだと思いました! あなたはまだ剰余価値論を支持しているんですね。いいですかロビンソンさん、その理論はもう葬り去られたのです。今やもうそんな説を唱える者はいません。
ロビンソン:なんだと? マルクスの利子論が過去のものだとでもいうのか? 誰も支持しなくても、私は唱え続けるぞ。
男:なるほど、それでは理論を唱えるだけではなく、実践して見せてください。例えば、私との関わりにおいて!
まず、今までの協定を解消しましょう。
あなたの蓄えは、その自然属性も方向性も資本と呼ばれるもののいちばん純粋な形です。そして私は、あなたの資本家としての立場に挑戦していることになります。しかも私にはあなたの物が必要なのです。今の私ほど無力のまま無一文で資本家に対峙した労働者はかつてありません。資本の所有者と資本を必要とする者の関係がこれほど明確に顕れた例はないのです。
それでも、あなたは利息が取れるとお思いですか? また最初から交渉をやり直しますか?
ロビンソン:降参だ! どうやら、鼠や虫、錆に、資本家としての力をすっかり打ち砕かれてしまったようだ。
だが説明してくれ、利息とはいったい何なのだ?
男:それは簡単に説明できます。もしこの島に貨幣制度があって、私、つまり遭難者が融資を必要としている場合、先ほどあなたが無利子で貸してくれた品物を買うために、まず貸金業者のところに行かなければなりません。
でも貸金業者は鼠や虫、錆や屋根の修理の心配をする必要がないので、私があなたに対して取った立場は通用しません。
品物の所有から切り離せない損失(あ、野犬があなたの ― いや、私のというべきか ― 鹿皮を咥えて逃げていきましたよ!)は、貸金業者ではなく品物を保管している者が負います。貸金業者はそうした心配とは無縁で、あなたを言い負かせた巧妙な主張には動じません。
私が利息の支払いを拒否しても、あなたは衣装櫃を閉じませんでした。所有する資本の自然属性のせいで交渉を続けざるを得なかったのです。貸金業者は違います。金利を支払わないなどと伝えたら、目の前で金庫室の扉を閉じるでしょう。
でも私が必要としてるのは本当はお金ではないのです。鹿皮を買わなければならないからお金が必要なだけです。あなたが無利子で貸してくれた鹿皮の服も、買うためのお金を借りるには、金利を支払わなければならないのです。
ロビンソン:つまり利息の根拠はお金に求められると? そしてマルクスは間違っているというのか?
男:もちろんマルクスは間違っています。彼は経済の神経系といえるお金の重要性を過小評価していたんです。彼が他の根元的な重要性についても道を誤っていたとしても驚くに当たりません。彼の門下生同様、お金そのものは考証しなかったのです。
彼は輝く貴金属の円盤に心を奪われていました。そうでなければこんな言葉を残すわけがありません。
“『金銀は生来貨幣なのではないが、貨幣は生来金銀である』ということは、金銀の自然属性が貨幣の諸機能に適しているということを示している。”
ロビンソン:なるほど現実はマルクスの理論に沿わないようだ ― これは私たちの交渉でもはっきり証明された。マルクスにとって、お金は単に取引の媒介に過ぎないが、実際は『購入する商品の価格を支払う』以上のことをしている。借り手が利息の支払いを拒否すれば、銀行家は、品物(資本)の所有者を悩ます心配事など感じることもなく金庫を閉じるだろう ― これが問題の根源だったのか。
男:鼠や虫、錆はなんと説得力あふれる論理学者でしょう! たった1時間足らずの経済の実践で、何年も論文を研究するよりずっと多くを教えてくれるのですから。
このロビンソン・クルーソー物語が書かれているシルビオ・ゲゼルの主著、自然的経済秩序(日本語版 - シルビオ・ゲゼル研究室)ですは、すべて無料で読むことができます。
ただ若干省略があったので、ここでは英語のテキストを新たに日本語訳しました。
原文にはフライデーについての記述はありませんが、ロビンソンの相棒といえばフライデーですので、標題に使っています。現代文明の驕りを諌める自戒も込めて。
ゲゼルの提唱した自由貨幣は、若干志を変えて、現在では地域通貨として各地で実践されています。
Photo: Wikipedia
持たざる土人を従える、持てる文明人という構図。現代社会は、いまだにこのメンタリティに取り憑かれています。
I believe that the future will learn more from the spirit of Gesell than from that of Marx.
将来の人々はマルクスの精神よりもゲゼルの精神からより多くのものを学ぶだろう。
~ケインズ
今文明は、情報テクノロジーの進歩によって、歴史上はじめて本当の『民主化』の時代を迎えています。そしてお金も、いよいよ民主化にむかって動き出している気がします。いやそれどころか、お金が無くなってしまう日も、そう遠くはないのかもしれません。