今や世界中に空港が整備され、あらゆる国で道路網も発達しましたが、実は空港は点と点を結ぶだけ、道路は線上の移動を可能にしただけで、地球にはまだまだ到達困難な“面積”が広く残されています。こうした僻地には、まだ発見もされて無い貴重な動植物が生息していたり、戦争や開発で土地を追われた人々や、絶滅が危惧される動物たちが逃げ込んできて、ひっそり暮らしていたりします。
このような荒野や砂漠、ジャングルや湿地帯などで、医薬品や食料、患者や研究者を搬送するロジスティクスを確立するには、軍事作戦なみの大規模オペレーションを定期的に実施するか、環境破壊を伴う大規模なインフラ整備を行う必要があります。
今はまだ…
Solar Ship Inc. が開発中のソーラーシップは、全翼機と飛行船の特徴を併せ持つユニークな航空機です。飛行に、揚力と浮力の両方を使うのです。
飛行船よりは小さい体積ながら、フラットでスクエアな広い投影面積を持つ機体は、軽量フレキシブルな薄膜太陽電池を備え、推進に必要な電力をすべてまかなうことができます。つまり陽があるかぎりはずっと飛び続けることができるのです。
それでもまだ航続距離が足りないという人のためには、エンジンを追加し、一気に5倍の距離を、2倍の速度で夜通し飛ぶことができるハイブリッドバージョンも用意されます。
飛行機より大きく分厚い翼は、低速でも大きな揚力を発生するので、滑走距離は非常に短くてすみます。またヘリウムの浮力が積荷の重さを負担するため悪路に強く、積荷を満載しても加減速に影響が出るだけで、ちょっとした平地(たった100メートル)さえあれば離着陸が可能です。
飛行船のような係留索も不要です。
目的別に、大中小3つのサイズが計画されていて、それぞれ、ナヌーク(Nanuq = 白熊)、チュイ(Chui = 豹)、カラカル(Caracal)という動物の名前がつけられています。ナヌークだけがイヌイット語で、あとのふたつはスワヒリ語です。
軍は僻地の輸送手段にヘリコプターを利用していますが、これは高額な燃料費と維持費が必要です。航続距離も短く、他の航空機からの空中給油が必要となる場合すらあります。メンテナンスやパーツの供給なども考えると、僻地でプライベートな組織が安定して運用するのは困難です。
荒地でも離発着できる小型の短距離離着陸機を使う手もありますが、これでは大量の物資を運ぶことはできません。
ソーラーシップは、時々ヘリウムを補充する必要はありますが、燃料は全く使いません。ハイブリッドバージョンの場合でも、ソーラーパワーだけで巡航することもできますから、実際に使用される燃料は他の航空機と比べて大幅に少なくて済みます。
航続距離は、いちばん小型のカラカルのハイブリッドバージョンでも、同程度の飛行機の倍近くにもなります。そのうえ、たとえ砂漠の真ん中で燃料切れになったとしても、夜明けを待てば、また飛び立つことも可能です。
バッテリーをたくさん搭載できるナヌークにいたっては、ソーラーパワーだけで永遠に飛び続けることがでるのです。
ガス嚢のサイズは翼長に応じて立方的に増減しますから、積荷の重さをヘリウムの浮力で相殺するソーラーシップは、サイズが上がれば上がるほど効率的に最大積載量を増やせることになります。
いちばん小型なカラカルの最大積載量は150キロですが、チュイは1トン、いちばん大きいいナヌークは、なんと30トンもの積荷を載せることができます。
ソーラーシップの開発は、アフリカで僻地医療に従事している団体や、絶滅危惧種の保護や文化的ジェノサイドの危機に瀕した部族の支援をする団体とジョイント・プロジェクトを組んで進められてます。
ラインアップのうち、いちばん小さなカラカルのプロトタイプ
すでに有人のテストフライトにも成功しています。
すでに有人のテストフライトにも成功しています。
飛行船と飛行機を融合するアイデアや、ソーラーパワーだけで飛ぶというアイデア自体は新しいものではありませんが、ここ最近の技術革新によって急速に実現の目処が立ってきました。ガス嚢の皮膜、フレーム用のコンポジット素材、薄膜太陽電池、高効率バッテリー、高出力モーターなどなど、どれもこれも昔に比べ、大幅に、小さく、軽く、薄くなったため、航空機にも使えるようになってきたのです。
機能の正常な進化は、エネルギー効率の向上をともなうため、常に質量の低下というベクトルを持ちます。
それに反して社会経済は、限界まで肥大化すると侵略し、強奪し、破壊し、すっかり呑み込んでさらに肥大化する -- こんなサイクルを今もまだ繰り返しています。
寄生階級ばかりに富を集め、破綻するとインフレーションでカバーする今の社会経済は、生存に適さず、とても正常とはいえません。
同じ事を成すのに、より少ない資源しか使わない -- 貴族文化の終焉を形作ったミース・ファン・デル・ローエ氏が提唱した“レスイズモア”にも通じる、社会の進化と共生を標榜するこの考え方は、20世紀の中盤にバックミンスター・フラー氏によって、ジオデシック・ドームやテンセグリティといった構造体に結実され、確固とした概念にまで昇華しました。
ビジネスとして成功することはありませんでしたが、その影響は建築物にとどまらず、新素材や芸術、哲学にいたるまで広く及んでいます。
燃料もインフラ整備も必要とせずに、道も橋も無い内陸に大量の貨物を輸送できることを、現実的なプロダクトデザインで示したソーラーシップ。
残念なことに、航空機の開発は、軍の支援無くして成功する可能性は極めて低いのが現実です。航空機での自由な貨物の輸送は、統治や安全保障の妨げになる可能性が大いにあるからです。
しかしフラーの“失敗作”が様々なインスピレーションを生んできたように、たとえ成功できなかったとしても、多くの後継者をインスパイアする可能性があるような気がするのです。
あるいはこうしたインテリジェンスを紡ぐことこそが、現代のリヴァイアサンを倒すための剣なのかもしれません。
Source: Solar Ship Inc. (Facebook page) Via inhabitat
You never change things by fighting the existing reality.
To change something, build a new model that makes the existing model obsolete.
目の前の現実と戦っても物事は変えられない。
何かを変えるには、今あるモデルが時代遅れになるような、新しいモデルを作るしかない。
~Richard Buckminster Fuller