雲の中でキャンプ。
ジプシー・ツェッペリン、エアロモデラーII。

水素 飛行船 エアロモデラー2

コンピューター・グラフィックで美しいレンダリングを描くだけなら、昔よりずっと簡単できるようになりましたが、はたしてどうしたら90メートルにも達する、ゼロ・エミッションのバイオミミクリな飛行船をつくって、実際に飛ばすことができるでしょうか。
ひとりの若いデザイナーと、彼ににふさわしい銀行残高しかないプロジェクトの場合はとくに。
リーヴェン・スタンディアート氏の方法はシンプルでした。自分で一歩づつ進めればいい…

水素 飛行船 エアロモデラー2

リーヴェン・スタンディアート氏が進めている、エアロモデラーIIプロジェクトは、ゼロ・エミッションで自律性があり、着陸することなく流浪できる、水素で浮揚する飛行船をデザインし、実際につくるというものです。

水素 飛行船 エアロモデラー2

水素 飛行船 エアロモデラー2

水素 飛行船 エアロモデラー2

完成すれば全長90メートルの巨大な飛行船は、手に入りにくいヘリウムではなく、ヒンデンブルグ号のように水素で浮きます。
この水素は燃料としても使い、燃料が不足したら錨をおろして、100メートル上空にとどまったまま、推進用プロペラを風車として使って発電し、外膜に付着した雨水を電気分解して水素を補填します。


船体は、スピードよりも安定性を重視しています。多くの小型飛行船は、ガス圧を利用して船体の形状を維持する、軟式飛行船型を採用していますが、これは外膜の損傷などでガスが漏れると船体の形状が維持できなくなり、風にあおられるなどして大事故につながる危険があるため、エアロモデラーIIでは比較的低圧のガス嚢を、プラットフォームの載った竜骨で支えるという、半硬式飛行船型に近いユニークな構造を採用しています。
ただし外膜が大きくたわみますから、空力的には不利で、普通の飛行船が時速150kmのスピードに達するのに対し、エアロモデラーIIは最高速度時速80kmが限界です。

水素 飛行船 エアロモデラー2
中央にはデッキ付きの居住スペース。燃料補給中はもちろん、好きなところで錨を下ろし、景色を眺めながらコーヒーを飲むこともできます。

水素 飛行船 エアロモデラー2

水素 飛行船 エアロモデラー2

Airships are slow. You don't design a good vehicle starting from its weaknesses. Forget speed. This thing can never be a good speedboat. It is a sailing ship. Make it storm proof. Make it seaworthy. We love sailing ships, not for their speed or efficiency, but because of the way of travelling. A zeppelin can be worthwhile in a similar fashion. You can get on board with a backpack full of biscuits and canned soup and just take off, without the need for petrol stations or anything. You can re-appear two years later, coming from the other direction...
飛行船は遅いんだ。弱点からデザインしたっていい乗り物なんかできやしない。スピードは忘れてくれ。どうやったってスピードボートになんかなれないんだから。むしろ帆船と考えてくれ。だからスピードよりも、嵐に強く耐航性を持たせなきゃならない。僕たちが帆船を大好きなのは、スピードが早いからでも効率的だからでもない。帆船の旅そのものに惹かれるからだ。ツェッペリンも似たような魅力をもつことができる。バックパックいっぱいのビスケットと缶詰スープを持ち込んで、ガソリンスタンドのことなんか心配することもなく飛び立つ。そして2年後にひょっこりと戻ってくるんだ。別の方角から…。

水素 飛行船 エアロモデラー2

水素 飛行船 エアロモデラー2
断面の構造は、水の入った袋が乗った弛んだハンモックを逆さにしたようになっています。

水素 飛行船 エアロモデラー2
上下が逆転したモデル。水素(浮力)の代わりに水(重力)を使って、安定した形状が保てるかを検証するため。

水素 飛行船 エアロモデラー2

水素 飛行船 エアロモデラー2
船体を水より軽いアルコールで満たして水槽に沈め、浮力を再現して構造を検証するために使用したスケールモデル。


反応時に水蒸気しか出さない水素は、非常にクリーンなエネルギー源です。しかしたいへんにかさばるため、自動車などへの応用は非常に難しいのが現状です。その点、飛行船ならこの問題は簡単にクリアできるのですが、ヒンデンブルグ号が炎に包まれて墜落してからというもの、飛行船に水素を使うことはなくなりました。
はたして水素を使って安全に飛行船を浮かすことはできるのでしょうか?

スタンディアート氏はこう答えています。

ヒンデンブルグ号
Photo: Flightglobal

いいかい、水素自動車は安全じゃないか。なぜか? それは膨大な時間を費やしてテストを繰り返し、改良してきたからなんだ。これは飛行機も船も同じだ。安全な水素飛行船が存在しない最大の理由は、いままで誰も開発してこなかったから、なんだ。

水素飛行船に関する認識はすべて、権威のある出版物でさえも、逸話的なものとか、第二次世界大戦前の報告によるものでしかない。これじゃまったく見当違いな議論にしかならない。
現在にいたるまで思慮深い人たちは、ヒンデンブルグ号の火災の原因についてあれこれと推測してきた。推測なんかしないで、実験してみればいいんだ。水素風船をつくって火をつけ、どうなるか見てみればいい。でもそこまでの手間をかけた人はいなかったようだ。自動車は何十億ドル規模の産業だけど、飛行船はあまり重要ではないニッチ・マーケットだからね。

まだちゃんと大きなスケールで、水素風船を系統的にテストした論文を見つけることができていない。

NASAのエンジニアだったアディソン・ベイン氏は、ヒンデンブルグ号事故の権威だけど、彼は小さな布切れで燃焼テストを行った。でも燃焼テストをスケールを変えて行うことなんてできないんだ! マッチの燃え方が、森が燃えるのと同じわけがない!
いっとくけど、僕はなぜ火がついたかについては気にしていない。問題はそこじゃない。知りたいのはどうしてあれほど急速に燃焼したかだ。
だから実際に大きなスケールで実験してみたんだ。結果から言うと、安全な水素風船をつくることはできないというのは間違いだったよ。もっとたくさんの実験を何百もの条件で試さないといけないというのは確かだけど、安全を議論する唯一の理にかなった方法は、物理的にテストを記録して、他の人に再現性を検証してもらうことだからね。

水素 飛行船 エアロモデラー2


燃料を使わずにずっと飛ぶことができる飛行船をつくるという冒険そのものが、一種のパブリック・アートになっています。スケッチやポスターなどのプリントや模型も販売されています。

水素 飛行船 エアロモデラー2

水素 飛行船 エアロモデラー2

水素 飛行船 エアロモデラー2

プリントはエアロモデラーIIのサイトからメールで注文(1枚30ユーロ+送料)することができます。

スケッチやスケールモデルはベルベッカ財団という個人アートサイトに展示されています。

ベルベッカ財団(Verbeke Foundation)
Westakker - 9190 KEMZEKE (Stekene) 地図
Tel +32 (0)3-789.22.07
http://www.verbekefoundation.com/
開館時間: 木~日 11:00 - 18:00



旧来の金融依存型産業構造が崩壊しつつあるなか、しばらくマーケティングに誘導されてきたプロダクト・デザインが、ふたたび個人の手に、ダ・ヴィンチのやっていたようなサイエンティフィックななアートとして戻りつつあるような気がしています。
もちろん産業無くしては、トースターひとつつくれないのですが、旧来の金融構造の方は勇敢なアーティストたちの手を借りて、次第に代替手段に移行し、その誇り高いとはいえない過去ととも消え去ってくれるかもしれません。

リーヴェン・スタンディアート
リーヴェン・スタンディアート氏。
黒づくめで見えないのですが、Tシャツにはいつもバックミンスター・フラーの顔がプリントしてあるそうです。

Source & Photo: Aeromodeller II / Lieven Standaert
YouTube: the Aeromodeller2-project

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勇敢なアーティストといえば、型通りのマーケティング手法を拒否しながら、アメリカ一の動員力を誇るツアーバンドとなったグレイトフル・デッドのライブは、一切の録音が自由で、録音者専用のスペースまで用意されていたほどでした。

I'll get a new start, live the life I should.
I'll get up and fly away, I'll get up and fly away, fly away.

Wharf Rat - Grateful Dead
Wharf Rat - Grateful Dead - Watkins Glen 1973 by swhin

2011/08/12 by Tate Slow
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